情報記憶素子の仕組みをのぞきみた!

Qian Yang, Hai Jun Cho, Hyoungjeen Jeen*, and Hiromichi Ohta*, Adv. Mater. Interfaces 6, 1901260 (2019). (DOI: 10.1002/admi.201901260)

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概要

北海道大学電子科学研究所の太田裕道教授と韓国・釜山大学校のジン・ヒョンジン准教授らの研究グループは,電流と磁性で情報記憶する素子用の材料における電気化学酸化反応の可視化に成功しました。次世代情報記憶素子の開発を加速する画期的な研究成果です。研究グループは,2013年頃から酸素スポンジと呼ばれるコバルト酸ストロンチウム*1薄膜の酸化・還元反応を利用した電流と磁性で情報記憶する素子の開発に取り組み,2016年には素子構造の提案・試作に成功しましたが,情報切替えの高速化という課題が残されていました。電気化学反応において、時間に関する問題を解決するためは,化学反応式のような原子のスケールではなく,巨視的なスケールで材料の酸化・還元反応を可視化する必要があります。コバルト酸ストロンチウムの場合,材料科学分野で一般に用いられる透過型電子顕微鏡観察が適用できません。本研究では,熱電特性(電気抵抗率と熱電能*2)の計測と導電性原子間力顕微鏡*3観察を組み合わせた新しい可視化手法により,コバルト酸ストロンチウム薄膜の電気化学酸化反応を巨視的スケールで可視化することに成功しました。本研究の成果は、コバルト酸ストロンチウム薄膜を用いた次世代情報記憶素子の開発を加速するだけでなく,透過型電子顕微鏡観察が適用できない材料の電気化学酸化・還元反応の可視化を可能にします。

なお,本研究成果は,2019年10月22日(火)公開の独科学誌アドバンスド・マテリアルズ・インターフェーシズ誌にオンライン掲載されました。

論文情報

論文名 Macroscopic Visualization of Fast Electrochemical Reaction of SrCoOx Oxygen Sponge(酸素スポンジSrCoOxの高速電気化学反応の巨視的可視化)

著者名 楊 倩(YANG, Qian, 博士課程1年)1,ジョ・ヘジュン2,ジン・ヒョンジン3,太田裕道21北海道大学 大学院情報科学院,2北海道大学 電子科学研究所,3釜山大学校)

雑誌名 Advanced Materials Interfaces(アドバンスド・マテリアルズ・インターフェーシズ,ドイツの材料系科学誌アドバンスド・マテリアルズの姉妹誌で,材料界面研究の専門誌として2014年に創刊されました)

DOI 10.1002/admi.201901260 arXiv Outside Back Cover

公表日 日本時間2019年10月22日(火)(オンライン公開)

背景

化学式SrCoOx(2.5 < x < 3)で表されるコバルト酸ストロンチウム*1は,酸素量xにより電気的・磁気的性質が大きく変化することが知られています(図1)。具体的には,xが2.5の場合は,電気的に絶縁体で,磁石につきませんが,xが3の場合は,金属のように電気を流し,磁石につきます。2013年,米国・オークリッジ国立研究所のジン・ヒョンジン氏(現・韓国・釜山大学,准教授)と,北海道大学 電子科学研究所の太田らの研究グループは,200℃程度の比較的低温でもSrCoOx薄膜の酸素量xの制御ができることを発見しました(1)。その後,太田らは,コバルト酸ストロンチウムの酸化・還元反応を利用した電流と磁性で情報記憶する素子を提案・試作することに成功しました(2, 3

コバルト酸ストロンチウム薄膜を使用した情報記憶素子を,磁石につかない絶縁体から、磁石につく金属に切り替えるためには数秒程度かかります。化学反応式では,酸素量xが2.5のSrCoOxの酸化・還元反応は,SrCoO2.5 + 0.5O2 ⇌ SrCoO3 + 電子 と表され,時間に関する情報は含まれていません。しかし,実際の情報記憶素子の大きさは原子のスケールよりもはるかに大きいため,時間に関する情報が必要不可欠です。そのため,まず,巨視的なスケールで酸化・還元反応を可視化する必要がありました。

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図1 コバルト酸ストロンチウムSrCoOxの結晶構造図。SrCoOxの酸化・還元反応は、SrCoO2.5 + 0.5O2 ⇌ SrCoO3 + 電子 と表されます。xが2.5のSrCoO2.5は、電気的に絶縁体で、磁石につきませんが、xが3のSrCoO3は、金属のように電気を流し、磁石につく性質があります。この酸化・還元反応を利用することで、新しい情報記憶素子ができると考えられますが、素子化するためには化学反応式のような原子スケールではなく、巨視的なスケールで酸化・還元反応を可視化する必要がありました。

[1] ジン・ヒョンジン,太田ら,”Reversible redox reactions in an epitaxially stabilized SrCoOx oxygen sponge(和訳:エピタキシャル安定化された酸素スポンジSrCoOxの可逆酸化・還元反応)”, Nature Materials 12, 1057 (2013) (DOI:10.1038/nmat3736)

[2] 片瀬,太田ら,” Reversibly switchable electromagnetic device with leakage-free electrolyte(和訳:液漏れしない電解質を用いた可逆切り替え可能な電気磁気デバイス)”, Advanced Electronic Materials 2, 1600044 (2016) (10.1002/aelm.201600044)

[3] 北海道大学プレスリリース, “絶縁体を電気が流れる磁石に ―情報記憶容量の大幅向上に新たな道―”, https://www.hokudai.ac.jp/news/2016/03/post-384.html

研究手法

材料科学分野において,一般に,巨視的スケールの可視化には,透過型電子顕微鏡観察が用いられます。しかし,コバルト酸ストロンチウムは電子線照射に対する耐性が低く,観察中に容易にxが変化してしまうため,真空や電子線を用いることができないという問題がありました。この問題に対し,本研究では,熱電特性と導電性原子間力顕微鏡観察を組み合わせた新可視化手法を開発しました。まず,1cm×1cmの面積のSrCoO2.5薄膜を図2のように電気化学的に酸化し,酸化度合が異なる6種類の薄膜試料を作製しました。次に,これらの薄膜試料の熱電特性(電気抵抗率・熱電能*2)を計測しました。得られた熱電特性を解析することにより,酸化反応が層状に起こるのか,それとも柱状に起こるのかを明らかにできると考えました。最後に,熱電特性の計測・解析から得られた知見を,サイズを含めて分析するために,導電性原子間力顕微鏡(AFM)*3観察を行いました。

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図2 酸化度合を変化させたSrCoOx薄膜の作製。巨視的なスケールで酸化・還元反応を可視化するため、1cm×1cmの面積のSrCoO2.5薄膜を図2のように電気化学的に酸化し、酸化度合が異なる6種類の薄膜試料を作製しました。

研究成果

図3に電気抵抗率(左上)と熱電能(左下)の計測結果(●印)をまとめて示します。SrCoO2.5層とSrCoO3層が層状に重なった「層状成長モデル(中)」を仮定した場合,点線のようになるため実測値を再現することはできませんが,柱状成長モデル(右)を仮定すると実験データをほぼ完全に再現することができました。つまり,SrCoO2.5薄膜の電気化学酸化反応は柱状に起こることが分かりました。

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図3 酸化度合の異なるSrCoOx薄膜の熱電特性。電気抵抗率と熱電能の計測結果(●印)を、SrCoO2.5層とSrCoO3層が層状に重なった層状成長モデルを仮定して解析することはできませんが(点線)、柱状成長モデルを仮定すると実験データをほぼ完全に再現することができます(実線)。つまり、SrCoO2.5薄膜の電気化学酸化反応は柱状に起こることが分かりました。

次に,大きさに関する情報を直接取得するために,導電性AFM観察を行いました(図4)。走査範囲は2μm×2μmです。形状像(左側)には大きな変化は見られませんが,電流像(右側)には直径100nmほどの大きさの電気が流れる領域が酸化度合の増加につれて増えていく様子が見られます。

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図4 酸化度合の異なるSrCoOx薄膜の導電性AFM観察結果。走査範囲は2μm×2μm。形状像(左側)には大きな変化は見られませんが、電流像(右側)には直径100nmほどの大きさの電気が流れる領域が酸化度合の増加につれて増えていく様子が見られます。

以上により,コバルト酸ストロンチウム薄膜の電気化学酸化反応を巨視的スケールで可視化することに成功しました。新しい情報記憶素子の開発を加速する画期的な研究成果です。

今後への期待

電気化学酸化・還元反応を利用した素子(電池も含まれる)において,反応の様子を可視化することは非常に重要な研究課題です。本研究で提案した,熱電特性(電気抵抗率・熱電能)の計測と導電性原子間力顕微鏡観察を組み合わせた可視化の新手法は、コバルト酸ストロンチウム薄膜を用いた次世代情報記憶素子の開発を加速するだけでなく,透過型電子顕微鏡観察が適用できない材料の電気化学酸化・還元反応の可視化に大きく貢献するでしょう。

なお,次世代情報記憶素子の提案・試作については, US 10,032,892 B2として権利化済みです。

謝辞

本研究は,文部科学省・科学研究費補助金 新学術領域研究「機能コアの材料科学」(2019-2023年度,領域代表 松永克志)における,計画研究「界面制御による高機能薄膜材料創製」(研究代表 太田裕道)及び文部科学省・科学研究費補助金 基盤研究(A)「熱電材料の高ZT化に向けたナノ周期平行平板構造の熱伝導率解明」(2017-2020年度,研究代表 太田裕道),日本学術振興会 二国間交流事業(韓国との共同研究)「エネルギー応用に向けた層状遷移金属酸化物の機能化」(韓国側代表 ジン・ヒョンジン, 日本側代表 太田裕道), 人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスなどのサポートを受けて実施されました。

お問い合わせ先

北海道大学 電子科学研究所 太田裕道(おおたひろみち)

TEL 011-706-9428

FAX 011-706-9428

メール hiromichi.ohta[at]es.hokudai.ac.jp

URL https://functfilm.es.hokudai.ac.jp/

【用語解説】

*1 コバルト酸ストロンチウム … 酸素スポンジと呼ばれる化学式SrCoOx(2.5 < x < 3)で表される酸化物。xが2.5のとき、電気を通さない絶縁体で、磁石につかない性質を示しますが、酸化することによってxが3になると、金属のように電気を通し、磁石につくようになることから、新しい情報記憶素子の材料として期待しています。

*2 熱電能 … 熱起電力の温度係数のこと。Seebeck(ゼーベック)係数とも呼ばれる。半導体や金属の両端に温度差を与えると、温度差に比例した電圧が発生します。熱を電気に変える熱電変換材料の性能評価に利用されます。本研究では、導電率とともに計測することで、材料組織に関する情報を得るために使用しました。

*3 導電性原子間力顕微鏡(導電性AFM)… 白金などの金属をコーティングしたカンチレバーと呼ばれる探針を材料表面上で走査しながら、探針に電圧を印加することで材料の導電性を数10ナノメートル程度の分解能で計測することができる特殊な顕微鏡。