研究内容

私達の研究室では、従来、セラミックスとして扱われてきた機能性酸化物を素材として、原子レベルで平坦な表面を有する高品質薄膜を作製し、機能性酸化物の持つ真のポテンシャルを最大限引き出し、世の中で役に立つデバイスの開発を目指しています。太田裕道 教授グループでは、「全固体電気化学熱トランジスタの開発」、「酸化物熱電材料の開発」、「高移動度透明酸化物薄膜トランジスタの開発」、を行っています。片山 司 准教授グループでは、「マルチフェロイック材料の研究」、「フレキシブル酸化物薄膜の研究」を行っています。

全固体電気化学熱トランジスタの開発

「電流」のオンとオフを切替える半導体トランジスタのように、「熱流」のオンとオフを切替えることができる「熱トランジスタ」が実現すれば、電子機器から放出される微小廃熱の有効再利用に繋がるだけでなく、半導体集積回路の熱制御デバイスや、熱のシャッター、熱のディスプレイなど、これまで無かった装置として応用することができます。2014年に最初の電気化学熱トランジスタが報告されて以来、いくつかの電気化学熱トランジスタが提案されましたが、いずれも液体(電解液やイオン液体)を用いることから、液漏れの点で実用化には明らかに不適でした。私達の研究グループは、2023年、液体を一切使用しない全固体電気化学熱トランジスタの開発に世界で初めて成功しました(参考論文6)。活性層としては、結晶中の酸化物イオンの出し入れができるコバルト酸ストロンチウム(SrCoOx、2 ≤ x ≤ 3)を用い、固体電解質としては酸化物イオン伝導性固体電解質であり、単結晶基板が入手可能なイットリア安定化ジルコニア(Y2O3安定化ZrO2、YSZ)を選択しました。電気化学的酸化・還元を行った結果、オン時の高い熱伝導率~3.8 W/m Kとオフ時の低い熱伝導率~0.95 W/m K(オン/オフ熱伝導率比4)を繰り返し切替えることに成功しました。このオン/オフ比は電解液やイオン液体などの「液体」を用いた熱トランジスタと比較してそん色ない値です。将来的には電気制御できる熱のシャッターなどの熱制御デバイスとしての応用が期待されます。今後は、より大きなオン/オフ熱伝導率比や高速動作ができるように改良を行います(参考論文7参考論文8)。

全固体電気化学熱トランジスタ:SrCoOx薄膜を電気化学的に酸化・還元することで、熱伝導率をOFF 0.95 W/mK(低熱伝導率)からON 3.8 W/mK(高熱伝導率)に可逆的に切替えることができる。プレス発表4

高移動度透明酸化物薄膜トランジスタの開発

透明酸化物半導体は、可視光線に対して無色透明であるにも関わらず、キャリア電子を導入することにより半導体の材料であるシリコン(Si)のように電子伝導性が制御できるようになる材料として知られており、現在、有機ELテレビや、タブレットPC、スマートフォンの画面を駆動するために広く応用されています。現在、最も多く使用されている材料は、2004年に発表されたInGaZnO4参考論文3)であり、電子の電界効果移動度は約10 cm2/Vsです。以前使用されていたアモルファスSi(0.5 cm2/Vs)と比較すると2桁近く大きな移動度ですが、ディスプレイの高精細化・高速化に対応するためには、100 cm2/Vsほどの電界効果移動度が必要と言われるようになってきました。酸化インジウムが主成分となるように化学組成を調節することで電界効果移動度を増加させることは可能ですが(参考論文4)、動作が不安定で実用化には適さないという問題があります。私達の研究グループでは、独自の熱電能電界変調法によって高移動度透明酸化物薄膜トランジスタの動作機構を解明し(参考論文5)、動作の不安定性の問題を解決することにより、実用化可能な高移動度透明酸化物薄膜トランジスタの実現を目指しています。

熱電能電界変調法の模式図

プレス発表3

酸化物熱電材料の開発

温度差を電気に変換する「熱電変換」は、工場や自動車から排出される廃熱を再資源化する技術として注目されています。実用化されたPbTeなどの金属カルコゲン化物熱電材料は、熱的・化学的に不安定であり、かつ毒性もあるため、大規模な応用に至っていません。PbTeなどと比較して、酸化物は、基本的には高温においても酸化しないことから、高温で使用可能な熱電材料として期待され、日本では30年ほど前から精力的に研究されてきました。熱電材料の変換性能は、性能指数ZT [= (熱電能)2×(導電率)×(絶対温度)÷(熱伝導率)]で表され、ZTが高いほど熱電変換効率は高くなります。つまり、(熱電能)2×(導電率)(これは出力因子と呼ばれます)が大きく、熱伝導率が低いほど性能が高くなります。実用化されたp型PbTeのZTは、300℃~600℃の温度範囲において、約0.7です。これまでにいくつかの酸化物がPbTeのZTを超える熱電材料になると提案されましたが、再現性がなく、実用化されることはありませんでした。こうした背景の中、2020年、私達の研究グループは、Ba1/3CoO2が室温において良好なZT ~0.11を示すことを発見しました(参考論文1)。また、2022年、私達の研究グループは、Ba1/3CoO2が空気中、600℃においても安定であり、ZTは約0.55に達することを明らかにしました(参考論文2)。この値は、再現性のある酸化物のZTとしては最高値であり、実用化された熱電材料PbTeのZT(約0.7)に匹敵します。Ba1/3CoO2を実用化するためには、大型のバルク結晶が必要不可欠です。現在、大型単結晶の育成に向けた研究を行っており、同時にセラミックスの作製も進めています。

(左)Ba1/3CoO2の結晶構造、(右)Ba1/3CoO2の熱電変換性能指数ZTの温度依存性

プレス発表1プレス発表2

マルチフェロイック材料の研究

フレキシブル酸化物薄膜の研究