ありふれた材料で超高性能熱スイッチを実現 ~熱制御デバイス実用化に向けた開発を加速~

Ahrong Jeong, Mitsuki Yoshimura, Hyeonjun Kong, Zhiping Bian, Jason Tam, Bin Feng, Yuichi Ikuhara, Takashi Endo, Yasutaka Matsuo, and Hiromichi Ohta*, “High-performance solid-state electrochemical thermal switches with earth-abundant cerium oxide”, Science Adv. 11, eads6137 (2025).

ポイント

・ガラス磨き粉として知られ、地球上に豊富に存在する酸化セリウムを使用。

・これまでの熱スイッチの熱伝導率切替幅を2倍以上も上回る超高性能。

・熱制御デバイスの実用化に向けた開発を加速。

概要

北海道大学電子科学研究所のジョン・アロン博士研究員、太田裕道教授、同大学院情報科学院修士課程の吉村充生氏らの研究グループは、ありふれた材料を使って超高性能熱スイッチを実現しました。近年、熱制御技術の一つとして、熱流の流れやすさを電気的に切替える熱トランジスタ(=熱スイッチ)が注目されています。電子や光と同様に、熱を操ることができるようになれば、環境問題の一つである「使われずに捨てられている排熱」を、例えば熱のコントラストで情報を表示する「熱ディスプレイ」のような、新しい技術に利用できます。研究グループは、2023年2月に世界初の全固体熱スイッチを発表し、2024年7月にはより高性能な全固体熱スイッチを実現しましたが、リチウムイオン電池材料として使用され、枯渇が懸念されているコバルトやニッケルなどの金属を主成分とする材料を用いる必要がありました。本研究では、比較的資源が豊富で、ガラスの磨き粉として市販されている酸化セリウムを活性層とすることで、熱伝導率切替幅が従来比2倍以上の超高性能熱スイッチを実現しました。熱制御デバイスの実用化に向けた開発を加速する成果です。なお、本研究成果は2025年1月2日(木)公開のScience Advances誌に掲載されました。

【背景】

近年、熱制御技術の一つとして、電気的に熱流の流れやすさを切替える熱トランジスタ(=熱スイッチ)が注目されています。電子や光と同様に、熱を操ることができるようになれば、大きな環境問題の一つである「使われずに捨てられている排熱」を、例えば熱のコントラストで情報を表示する熱ディスプレイのような、これまでになかった技術に応用することが可能になります。研究グループは、2023年2月に世界初の全固体熱スイッチを発表(関連するプレスリリース①)し、2024年7月にはより高性能な全固体熱スイッチを実現しました(関連するプレスリリース②)が、リチウムイオン電池用正極活物質材料として大量に使用され、枯渇が懸念されているコバルトやニッケルなどの金属を主成分とする材料を活性層として用いる必要がありました。

【研究手法】

研究グループは、活性層材料として酸化セリウムを選択しました。酸化セリウムはガラスの磨き粉として市販されていることからも分かるように、比較的資源が豊富で、安価な材料です。酸化セリウムの結晶構造は単純な蛍石型構造であり、同じ蛍石型構造の固体電解質基板であるYSZ上にエピタキシャル成長*1することが知られています。また、酸化・還元も可能で、酸化状態では室温で14 W/mKの比較的高い熱伝導率を示すことが知られています。このような理由から、本研究では、酸化セリウムを活性層とする全固体熱スイッチを作製しました。作製した熱スイッチを、空気中、280℃に加熱した状態で通電し、電気化学的にオン状態(酸化状態)とオフ状態(還元状態)に切替えて熱伝導率の変化を調べました(図1)。

図1.作製した酸化セリウム熱スイッチ。(A)電気化学酸化/還元の様子、(B)電子顕微鏡像。酸化物イオン(O2)伝導性固体電解質であるYSZ基板上に、膜厚 約100 nmの酸化セリウム薄膜を成膜し、上下をPt電極膜で挟みこんだ構造。空気中、280℃で電流を流して酸化セリウムを酸化/還元する。

【研究成果】

酸化セリウム薄膜を一度還元し(オフ状態)、次に酸化すると(オン状態)、熱伝導率は最も還元された状態で約 2.2 W/mK となり、酸化とともに熱伝導率は 12.5 W/mK(オン状態)まで増加しました。この還元(オフ状態)/酸化(オン状態)サイクルを 100 回繰り返したところ(図2)、熱伝導率の平均値は還元後(オフ状態)で 2.2 W/mK、酸化後(オン状態)で 12.5 W/mK でした。酸化セリウム熱スイッチの動作は非常に安定しており、オン/オフ熱伝導率比は5.8でした。また、熱伝導率切替幅は 10.3 W/mKであり、従来のSrCoOxやLaNiOx薄膜を活性層とする熱スイッチの熱伝導率切替幅(SrCoOx: 2.85 W/mK、LaNiOx: 4.3 W/mK)を2倍以上も上回る値です。以上のように、本研究では比較的資源が豊富で、安価な酸化セリウムを活性層とする超高性能熱スイッチを実現しました(図3)。

図2.作製した酸化セリウム熱スイッチのサイクル特性。(A)熱伝導率(オン、オフ)、(B)熱伝導率切替幅、オン/オフ熱伝導率比。熱伝導率の平均値は還元後(オフ状態)で 2.2 W/mK、酸化後(オン状態)で 12.5 W/mK、オン/オフ熱伝導率比は5.8であった。また、熱伝導率切替幅は 10.3 W/mKであり、従来のSrCoOxやLaNiOx薄膜を活性層とする熱スイッチの熱伝導率切替幅(SrCoOx: 2.85 W/mK、LaNiOx: 4.3 W/mK)を2倍以上も上回る。

図3.金属酸化物を活性層とする熱スイッチの熱伝導率変化。本研究の酸化セリウム熱スイッチの熱伝導率切替幅は、米国の研究者が発表した熱スイッチと比較しても抜群の性能である。

【今後への期待】

本研究成果は将来の熱制御デバイスの実用化に向けた開発を加速するものであり、特許を出願済です(“熱トランジスタ”、特願2024-018066、2024年2月8日出願)。今後は微細構造を制御するなどして更に性能向上を目指すとともに、熱の伝わり方を赤外線カメラで可視化することが可能な「熱ディスプレイ」を試作、デモンストレーションすることで技術を普及させたいと考えています。

【謝辞】

本研究はJSPS科研費 JP22H00253、文科省マテリアル先端リサーチインフラJPMXP1223HK0082、JST SPRINGJPMJSP2119の助成を受けたものです。

【関連するプレスリリース】

①北海道大学プレスリリース「熱伝導率を制御するトランジスタ、実用化へ王手~熱の伝わり方を電気スイッチで切り替える技術に向けた大きな前進~」発表日:2023年2月22日

②北海道大学・大阪大学共同プレスリリース「熱トランジスタの高性能化に成功~将来の熱制御技術実現に向けて大きな前進~」発表日:2024年7月2日

論文情報

論文名 High-performance solid-state electrochemical thermal switches with earth-abundant cerium oxide(地球上に豊富に存在する酸化セリウムを活性層とする高性能固体電気化学熱スイッチ)

著者名 ジョン・アロン1、吉村充生2、コン・ヒョンジュン2、卞 志平2(研究当時)、タム・ジェイソン3、フウ・ビン3、幾原雄一3、遠堂敬史1、松尾保孝1、太田裕道11北海道大学電子科学研究所、2北海道大学大学院情報科学院、3東京大学大学院工学系研究科総合研究機構)

雑誌名 Science Advances(米AAAS社が発行する学際的なオープンアクセス科学誌)

DOI 10.1126/sciadv.ads6137

公表日 2025年1月2日(木)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 教授 太田裕道(おおたひろみち)

TEL 011-706-9428  FAX 011-706-9428  メール hiromichi.ohta@es.hokudai.ac.jp

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配信元

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