従来比10倍の性能を示す酸化物薄膜トランジスタを実現~次世代の超大型有機ELテレビ開発に必要不可欠なデバイス~

Prashant R. Ghediya, Yusaku Magari*, Hikaru Sadahira, Takashi Endo, Mamoru Furuta, Yuqiao Zhang, Yasutaka Matsuo, and Hiromichi Ohta*, “Reliable operation in high-mobility indium oxide thin film transistors”, Small Methods 2400578 (2024). (August 3, 2024) (DOI: 10.1002/smtd.202400578)

現在の4K有機ELテレビの画面には移動度5 ~ 10 cm2/Vs程度のIGZO-TFTが使用されている。本研究では、次世代8K有機ELテレビの画面に必要な酸化物TFT(移動度78 cm2/Vs)の開発に成功。±20 Vを1.5時間印加し続けても特性変化せず、安定に使用できる。

ポイント

・電子移動度78 cm2/Vsを示す実用レベルの酸化インジウム薄膜トランジスタを実現。

・原子レベルでピッタリ結合する保護膜を使用し、安定性を大きく改良。

・次世代の超大型有機ELテレビ開発を後押し。

概要

北海道大学電子科学研究所の曲 勇作助教、太田裕道教授らの研究グループは、高知工科大学理工学群の古田 守教授らと共同で、従来比10倍の性能を示す実用レベルの酸化物薄膜トランジスタを実現しました。次世代の超大型8K有機ELテレビ開発を後押しする成果です。

現在の4K有機ELテレビの画面には酸化物IGZO薄膜トランジスタ*1が使用されています。その電子移動度は5 ~ 10 cm2/Vs程度ですが、次世代の超大型8K有機ELテレビを開発するためには70 cm2/Vs以上の電子移動度を示す酸化物薄膜トランジスタが必要不可欠です。曲助教らは、2022年に電子移動度140 cm2/Vsを示す酸化インジウム薄膜トランジスタを実現しましたが、安定性が極めて悪いという、実用化に向かない大きな欠点がありました。本研究では、不安定性の原因になっている空気中の気体分子の吸着・脱離が起こらないように、酸化インジウム薄膜の表面を原子レベルでピッタリ保護する膜で覆うことで、高い電子移動度(移動度78 cm2/Vs)を維持したまま、安定性を大きく改良することに成功しました。現在の画面サイズの4倍の超大型8K有機ELテレビ実現に向けた大きな成果と言えます。

なお、本研究成果は、2024年8月3日(土)公開のSmall Methods誌に掲載されました。

【背景】

現在商品化されている、有機ELテレビやスマートフォンの画面を駆動するための薄膜トランジスタ(TFT)用の活性層材料として、酸化物半導体であるアモルファスInGaZnO4(a-IGZO)が使用されています。IGZO-TFTの電子移動度は5 ~ 10 cm2/Vs程度ですが、有機ELテレビなどの超大型化・超高精細化が進められており、次世代8Kディスプレイを開発するためには、70 cm2/Vs以上の電子移動度を示すTFTが必要不可欠とされています。この問題に対し、研究グループは、酸化インジウム(In2O3)薄膜を活性層とすることで電子移動度140 cm2/Vsを示すTFTを実現しましたが[Y. Magariら、Nature communications 13, 1078 (2022)]、実用化のために必要な安定性(信頼性)が悪いという大きな欠点がありました。一般に、活性層である薄膜表面に吸着した空気中の気体が、電圧の印加により脱離(または吸着)することが原因であると考えられています(図1)。

図1.気体分子が吸着するとTFTの安定性が悪化するモデル。(左)酸化インジウム薄膜表面はカバーされていないので、空気中の気体分子(水、酸素)が自由に吸着・脱離する。(右)ゲート電圧を20 V印加したままにする信頼性試験を行うと、気体分子の吸着・脱離が起こって、TFTの特性が変化する。

【研究手法】

本研究では、活性層薄膜の表面を保護膜で覆うことにより、空気中の気体が吸着しないようにTFTを作製しました。保護膜として、酸化インジウムと同じ結晶構造をもつ酸化イットリウムや酸化エルビウムを含む希土類酸化物を中心に検討し、比較として一般的に用いられている酸化アルミニウムなどの保護膜も試しました(図2)。

図2.保護膜=酸化イットリウム→エピタキシャル成長でガスを吸着させない、保護膜=酸化アルミニウム→アモルファスでガスが吸着するというモデル。酸化インジウムと酸化イットリウムは原子の配列がお互いに良く似ているので、隙間なくピッタリ結合すると期待した。一方、酸化インジウムと酸化アルミニウムは原子の配列が全く異なるので、隙間だらけの結合になる。

【研究成果】

一般的に用いられる酸化ハフニウムや酸化アルミニウムを保護膜として用いたTFTでは安定性の向上が全く見られませんでした(図3b)。一方、酸化イットリウムと酸化エルビウムを保護膜にしたTFTは極めて安定性が高いことが分かりました(図3c)。その電子移動度は78 cm2/Vsであり、次世代8Kディスプレイの要求を満たしています。電子顕微鏡で原子配列を観察したところ、酸化インジウムと酸化イットリウムは原子レベルでピッタリ結合(ヘテロエピタキシャル成長)することが分かりました。一方、安定性が悪かった他のTFTでは、酸化インジウムと保護膜の界面はアモルファスになることが分かりました。以上の結果から、酸化インジウム表面を原子レベルでピッタリ保護することで、気体の吸着・脱離を抑制し、高い電子移動度(78 cm2/Vs)を保ったまま安定性を大きく改良することに成功しました。

図3.酸化インジウムTFT信頼性試験(±20 Vを1.5時間印加)結果。(a) 保護膜なし→安定性低い、(b) 酸化アルミニウム→安定性低い、(c) 酸化イットリウム→安定性高い

【今後への期待】

次世代8K有機ELテレビ実現に向けたディスプレイ開発を大きく加速する結果です。

【謝辞】

本研究はJSPS科研費 JP19H05791、JP22K14303、JP22H00253、JP22K04200、文科省マテリアル先端リサーチインフラJPMXP1223HK0082の助成を受けたものです。

論文情報

論文名 Reliable Operation in High-Mobility Indium Oxide Thin Film Transistors
(高移動度酸化インジウム薄膜トランジスタの高信頼性化)

著者名 ゲディア プラシャント1、曲 勇作1、定平 光2、遠堂敬史1、古田 守3、張 雨橋4、松尾保孝1、太田裕道11北海道大学電子科学研究所、2北海道大学大学院情報科学院、3高知工科大学理工学群、4中国・江蘇大学)

雑誌名 Small Methods(独Wiley-VCH社が出版する材料科学誌)

DOI 10.1002/smtd.202400578

公表日 2024年8月3日(土)(オンライン公開)

【用語解説】

*1 酸化物IGZO薄膜トランジスタ … In、Ga、Znの金属元素を含む酸化物薄膜を使用したトランジスタのこと。現在市販されている多くの有機ELテレビの画面の駆動用デバイスとして広く実用化されている。