熱伝導率を制御するトランジスタ、実用化へ王手 ~熱の伝わり方を電気スイッチで切り替える技術に向けた大きな前進~
Qian Yang, Hai Jun Cho, Zhiping Bian, Mitsuki Yoshimura, Joonhyuk Lee, Hyoungjeen Jeen, Jinghuang Lin, Jiake Wei, Bin Feng, Yuichi Ikuhara, and Hiromichi Ohta*, “Solid-State Electrochemical Thermal Transistors”, Advanced Functional Materials (DOI: 10.1002/adfm.202214939)
ポイント
・実用化可能な全固体電気化学熱トランジスタの作製に成功。
・従来の液体を用いた熱トランジスタとそん色ない、熱伝導率のオン/オフ比=4。
・熱の伝わり方を電気スイッチで切り替える技術に向けた大きな前進。
概要
北海道大学電子科学研究所の太田裕道教授らの研究グループは、熱の伝わり方を電気スイッチで切り替える全固体電気化学熱トランジスタを実現しました。半導体トランジスタが電圧で半導体中を流れる電流を制御するように、熱のトランジスタは電気的に材料の熱伝導率を制御するデバイスです。2014年に最初の電気化学熱トランジスタが報告されて以来、いくつかの電気化学熱トランジスタが提案されましたが、いずれも液体(電解液やイオン液体)を用いることから、液漏れの点で実用化には明らかに不適でした。本研究では、液体を一切使用しない全固体電気化学熱トランジスタを開発するため、結晶構造を維持したまま酸素含有率が変えられるコバルト酸ストロンチウム(SrCoOx、2 ≤ x ≤ 3)薄膜※1と、酸化物イオン伝導性固体電解質※2を組合せました。電気化学的酸化・還元※3を行った結果、オン時の高い熱伝導率~3.8 W/m Kとオフ時の低い熱伝導率~0.95 W/m K(オン/オフ熱伝導率比4)を繰り返し切替えることに成功しました。このオン/オフ比は電解液やイオン液体などの「液体」を用いた熱トランジスタと比較してそん色ない値です。将来的には電気制御できる熱のシャッターなどの熱制御デバイスとしての応用が期待されます。なお、本研究成果は、2023年2月21日(火)公開のAdvanced Functional Materials誌にオンライン掲載されました。
【背景】
「電流」のオンとオフを切替える半導体トランジスタのように、「熱流」のオンとオフを切替えることができる「熱トランジスタ」が実現すれば、電子機器から放出される微小廃熱の有効再利用に繋がるだけでなく、半導体集積回路の熱制御デバイスや、熱のシャッター、熱のディスプレイなど、これまで無かった装置として応用することができます。世界中でこれまでにいくつかの熱トランジスタが提案されてきましたが、いずれも実⽤上の問題がありました。例えば、⼆酸化バナジウムの絶縁体―⾦属間の転移に伴う熱伝導率変化を利⽤するというアイデアでは、熱伝導率の変化が起こりませんでした。また、電解液などの「液体」を利⽤した電気化学的な遷移⾦属酸化物の酸化還元反応を利⽤する電気化学熱トランジスタは、液漏れの⼼配があり、実⽤化には至りませんでした。
【研究手法】
本研究では、液体を一切使用しない全固体電気化学熱トランジスタの開発に取り組みました。活性層としては、結晶中の酸化物イオンの出し入れができるコバルト酸ストロンチウム(SrCoOx、2 ≤ x ≤ 3)を用いました。また、固体電解質としては酸化物イオン伝導性固体電解質であり、単結晶基板が入手可能なイットリア安定化ジルコニア(Y2O3安定化ZrO2、YSZ)を選択しました。パルスレーザー堆積法とスパッタリング法を駆使して作製した熱トランジスタ(図1a)は、上部電極のPt薄膜(膜厚60 nm)、活性層のSrCoOx薄膜(膜厚60 nm)、固体電解質のYSZ単結晶基板(厚さ0.5 mm)、下部電極のPt薄膜(膜厚40 nm)からなる多層膜で構成されています。なお、SrCoOx薄膜とYSZの化学反応を防ぐ目的で、膜厚10 nmのガドリニウムドープ酸化セリウム(GDC)薄膜※4をSrCoOx/YSZ界面に挿入しました。この熱トランジスタを空気中、280℃に加熱し、電気化学的酸化・還元処理を施すことにより、SrCoOxの熱伝導率を繰り返し変化させました(図1b)。
図1.(a)本研究の全固体電気化学熱トランジスタの模式図。上部電極(Pt薄膜、膜厚60 nm)、活性層(SrCoOx薄膜、60 nm)、固体電解質(YSZ単結晶基板、0.5 mm)、下部電極(Pt薄膜、40 nm)からなる多層膜で構成されている。(b)全固体電気化学熱トランジスタの動作方法。熱トランジスタを空気中、280℃に加熱し、上部電極に対して正の電圧を印加して電流を流すことで活性層をSrCoO3に酸化、逆に、負の電圧を印加して電流を流すことでSrCoO2に還元させる。
【研究成果】
まず、酸化・還元を繰り返すことによるSrCoOx薄膜の結晶格子変化を調べました(図2a)。酸化・還元前のSrCoO2.5薄膜の格子長は0.1976 nmでした。酸化後のSrCoO3薄膜は0.1898 nm、還元後のSrCoO2薄膜は0.1853 nmであり、電気化学的に酸化・還元を繰り返してもSrCoOx結晶は崩れず、安定であると言えます。次に、繰り返し酸化、または還元した後に熱伝導率を計測しました(熱伝導率の繰り返しサイクル依存性)(図2b)。完全に酸化されたペロブスカイト構造の SrCoO3は高い熱伝導率~3.8 W/m K(平均)を示すのに対し、完全に酸素が欠損した欠陥ペロブスカイト構造のSrCoO2は低い熱伝導率~0.95 W/m K(平均)を示すことが分かります。熱伝導率のオン/オフ比は4であり、これは電解液やイオン液体などの「液体」を用いた熱トランジスタと比較してそん色ない値です。以上の結果から、本研究では液体を一切使用しない全固体電気化学熱トランジスタの開発に成功したと言えます。
図2.(a)繰り返し酸化・還元に伴うSrCoOxの結晶格子長さの変化。酸化・還元を繰り返してもSrCoOx結晶は崩れず、安定であると言える。(b)繰り返し酸化・還元に伴うSrCoOxの熱伝導率の変化。還元状態では平均して0.95 W/m K、酸化状態では平均して3.8 W/m Kである。熱伝導率のオン/オフ比は4である。
【今後への期待】
本研究の全固体電気化学熱トランジスタは、将来の熱管理技術に向けた次世代デバイスになる可能性を秘めていると考えており、現在も特性改善に取り組んでいるところです。なお、本研究の全固体電気化学熱トランジスタに関する特許を出願済です(太田裕道、 楊 倩、 ジョ ヘジュン、 特願2021-164181、2021年10月5日出願)。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業・新学術領域研究(研究領域提案型)「機能コアの材料科学」(領域代表:松永克志 名古屋大学教授)における計画研究「界面制御による高機能薄膜材料創製(課題番号 19H05791)」及び基盤研究(A)「全固体熱トランジスタの創製(課題番号 22H00253)」の助成を受けた成果です。
※図は、すべて原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
論文情報
論文名 Solid-State Electrochemical Thermal Transistors(全固体電気化学熱トランジスタ)
著者名 楊 倩1(当時)、ジョ ヘジュン2(当時)、卞 志平1、吉村充生3、イ ジュンヤク4、ジン ヒョンジン4、林 景煌5、魏 家科5(当時)、馮 斌5、幾原雄一5、太田裕道2(1北海道大学大学院情報科学院、2北海道大学電子科学研究所、3北海道大学工学部、4釜山大学校自然科学大学、5東京大学大学院工学研究科総合研究機構)
雑誌名 Advanced Functional Materials(高度機能材料の専門誌)
DOI 10.1002/adfm.202214939
公表日 2023年2月21日(火)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道大学電子科学研究所 教授 太田裕道(おおたひろみち)
TEL 011-706-9428 メール Hiromichi.ohta@es.hokudai.ac.jp
URL https://functfilm.es.hokudai.ac.jp/
配信元
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-press@general.hokudai.ac.jp
【用語解説】
*1コバルト酸ストロンチウム(SrCoOx、2 ≤ x ≤ 3) … 遷移金属複合酸化物のひとつで、酸素スポンジと呼ばれるほど酸素量xの制御がしやすい物質。ペロブスカイト型と呼ばれる結晶構造を有する。酸素量xが3の時は欠陥のない結晶で、金属的な高い導電性および高い熱伝導性を示す。酸素量xが2.5の時は、欠陥が規則的に配列したブラウンミラライト型と呼ばれる欠陥ペロブスカイト構造になる。本研究では電気化学的に酸素を引き抜くことで酸素量xが2の欠陥ペロブスカイト構造になることも新たに発見した。なお、SrCoO2は絶縁体であり、多くの欠陥を含むため熱伝導性が低い。
*2 酸化物イオン伝導性固体電解質 … 電気伝導のキャリアが酸化物イオンである導電性酸化物のこと。酸化物イオン伝導性固体電解質の中でもイットリア安定化ジルコニア(YSZ)は単結晶基板が入手できることから本研究に使用した。YSZはキュービックジルコニアと呼ばれる人工宝石としても知られる結晶である。
*3 電気化学的酸化・還元 … 上部電極/活性層/固体電解質/下部電極の積層構造に電流を流すことにより、固体電解質を通ったイオンを活性層に注入/脱離することができる。
・電気化学的酸化: 上部電極に正の電圧を印加して電流を流すことで、負に帯電した酸化物イオンが上部電極側に引き寄せられる。酸化物イオンは下部電極の外側(空気)から固体電解質YSZを通って活性層SrCoOxに注入される(SrCoOxは酸化してSrCoO3に変化する)。
・電気化学的還元: 上部電極に負の電圧を印加して電流を流すことで、負に帯電した酸化物イオンは反発し、活性層SrCoOxから固体電解質YSZを通って下部電極から酸素ガスとして放出される(SrCoOxは還元されてSrCoO2に変化する)。
*4 ガドリニウムドープ酸化セリウム(GDC)薄膜 … 10% GdをドープしたCeO2薄膜。YSZと同様に高い酸化物イオン伝導性を示す。SrCoOxを直接YSZ基板上に薄膜成長させた場合に起こる化学反応を抑えるためにSrCoOxとYSZの間に挿入した。