超高解像度テレビ用材料の高い電子移動度の起源を解明~100cm2/Vsを超える超高移動度の透明酸化物薄膜トランジスタ実現に向けた大きな前進~

Hui Yang, Yuqiao Zhang, Yasutaka Matsuo, Yusaku Magari, and Hiromichi Ohta, “Thermopower Modulation Analyses of High-mobility Transparent Amorphous Oxide Semiconductor Thin-Film Transistors”, ACS Appl. Electron. Mater. XX, XXXX-XXXX (2022). (September 29, 2022) (DOI: 10.1021/acsaelm.2c01210)

ポイント

・超高解像度テレビ用材料の高い電子移動度の起源を解明。

・独自の熱電能電界変調法により、トランジスタの動作機構を解析。

・100cm2/Vsを超える超高移動度の透明酸化物薄膜トランジスタ実現に向けた大きな前進。

概要                   

北海道大学電子科学研究所の楊 卉客員研究員、松尾保孝教授、曲 勇作助教、太田裕道教授らの研究グループは、超高解像度テレビ用材料の高い電子移動度*1の起源を解明しました。

透明酸化物半導体ITZO*2は、現在の有機ELテレビなどに応用されている透明酸化物半導体IGZO*3(電子移動度:約10cm2/Vs)の5倍以上の高移動度(>50cm2/Vs)を示すことから、超高解像度テレビ用材料として期待されていますが、その高い電子移動度の起源は未解明でした。

本研究では、研究グループ独自の熱電能電界変調法*4により、ITZO薄膜及びITZO薄膜トランジスタの熱電能を計測・解析しました。その結果、①ITZOのキャリア電子の有効質量*5がIGZOよりも30%ほど軽いこと、②ITZOのキャリア緩和時間がIGZOの4倍長いこと、③伝導層の厚さが10nm以上に厚いことが、ITZOの高い電子移動度の起源であることが分かりました。電子移動度が100cm2/Vsを超える、超高移動度の透明酸化物薄膜トランジスタ実現に向けた大きな前進と言えます。

なお、本研究成果は、2022年9月29日(木)にACS Applied Electronic Materialsにオンライン掲載されました。

【背景】

透明酸化物半導体は、可視光線に対して無色透明であるにも関わらず、キャリア電子を導入することにより半導体の材料であるシリコン(Si)のように電子伝導性が制御できるようになる材料として知られており、現在、有機ELテレビや、タブレットPC、スマートフォンの画面を駆動するために広く応用されています。

数多く知られている透明酸化物半導体の中でも、ITZOは、現在の有機ELテレビなどに応用されているIGZOの5倍以上の高いキャリア電子移動度を示すことから、超高解像度テレビ用の材料として期待されています。今後、さらに高解像度で綺麗なディスプレイを実現するためには、高いキャリア電子移動度を示す透明酸化物半導体が必要です。そのための材料設計指針を得るためには、まずITZOの高いキャリア電子移動度の起源を明らかにする必要がありました。

【研究手法】

本研究では、研究グループ独自の熱電能電界変調法により、ITZO薄膜及びITZO薄膜トランジスタの熱電能を計測・解析しました。具体的には、キャリア濃度の異なるいくつかのITZO薄膜を作製し、その電子輸送特性(Hall移動度、体積キャリア濃度、熱電能)を計測しました。また、ITZO薄膜トランジスタを作製し、そのトランジスタ特性の計測と、熱電能電界変調法によるトランジスタ特性の解析を行いました。

【研究成果】

まず、ITZO薄膜の室温下の電子輸送特性を計測したところ(図1)、体積キャリア濃度の増加に伴いHall移動度が上昇することが分かりました。また、熱電能の体積キャリア濃度依存性から、ITZOのキャリア電子有効質量が0.11m0 (m0は電子の静止質量9.11×10-31kg)であると判明しました。IGZOのキャリア電子有効質量は0.16m0であるため、ITZOではIGZOよりも30%ほどキャリア電子が軽いことが分かります。キャリア電子移動度は、素電荷×キャリア緩和時間÷キャリア有効質量で表されるため、キャリア有効質量が軽ければ電子移動度が増加することになります。

次に、作製したITZO薄膜トランジスタを用いて、室温下のトランジスタ特性を計測しました(図2)。伝達特性から、ITZO薄膜トランジスタの電界効果移動度は約58cm2/Vsであることが分かりました。上述のキャリア電子有効質量が0.11m0を使ってキャリア緩和時間を計算すると3.6fsとなり、IGZOのキャリア緩和時間0.9fsの4倍長いことが分かりました。

キャリア緩和時間がIGZOの4倍も長い起源を明らかにするため、熱電能電界変調法を用いて、有効チャネルの厚さを計測しました。なお、熱電能計測時に印加するゲート電圧による、しきい値電圧シフトは無視できるほど小さいことを確認しました(図3)。熱電能電界変調法では、一定のゲート電圧を印加した状態で、チャネルに温度差を与えて、その時に発生する熱起電力を温度差に対してプロットします(図4a)。ITZO層が10nm以下の場合、熱電能の絶対値はシートキャリア濃度の増加に伴い単調に減少しましたが、20nm以上になると熱電能の絶対値が増加する現象が見られました(図4b)。

計測した熱電能のシートキャリア濃度依存性と、体積キャリア依存性から、有効チャネル厚さのシートキャリア濃度依存性(図5a)を算出しました。その結果、ITZO層の厚さが10nmを超えると、シートキャリア濃度の増加に伴い有効チャネル厚さが増加しているように見えます。この傾向は一般的な電界効果のみでは説明することができません。Ti層/AlOx層/ITZO層のエネルギーバンドの模式図(図5b)を考えたとき、一般的な電界効果トランジスタで誘起されるA層に加えて、B層がドレイン電流に寄与することを意味する結果です。つまり、電子伝導に寄与するITZO層の厚さが10nm以上に分厚く、そのためキャリア緩和時間が長いと結論することができます。

以上の結果をまとめると、①ITZOのキャリア電子の有効質量がIGZOよりも30%ほど軽いこと、②ITZOのキャリア緩和時間がIGZOの4倍長いこと、③伝導層の厚さが10nm以上に厚いことが、ITZOの高い電子移動度の起源であることが分かりました。

【今後への期待】

本研究の成果は、ITZOがIGZOの5倍以上のキャリア電子移動度を示す起源をはっきりと示すものです。今後、化学組成の異なる透明酸化物半導体薄膜トランジスタにも適用することで、キャリア電子有効質量の低減とキャリア緩和時間の増加を両立する材料の発見に繋がる可能性があります。電子移動度が100cm2/Vsを超える、超高移動度の透明酸化物薄膜トランジスタ実現に向けた大きな前進と言えるでしょう。

【謝辞】

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業・新学術領域研究(研究領域提案型)「機能コアの材料科学」(領域代表:松永克志 名古屋大学・教授)における計画研究「界面制御による高機能薄膜材料創製(課題番号 19H05791)」及び若手研究「半導体レーザーによる酸化物半導体の単結晶帯成長と高性能フレキシブルデバイスの創出(課題番号22K14303)」の助成を受けた成果です。

論文情報

論文名   Thermopower Modulation Analyses of High-Mobility Transparent Amorphous Oxide Semiconductor Thin-Film Transistors(高移動度透明アモルファス酸化物半導体薄膜トランジスタの熱電能変調解析)

著者名 楊 卉1、張 雨橋2、松尾保孝1、曲 勇作1、太田裕道11北海道大学電子科学研究所、2中国・江蘇大学)

雑誌名 ACS Applied Electronic Materials(米国・化学協会の材料科学の専門誌、IF = 4.494)

DOI 10.1021/acsaelm.2c01210

公表日 2022年9月29日(木)(オンライン)

 

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 教授 太田裕道(おおたひろみち)

TEL 011-706-9428 FAX 011-706-9428 メール hiromichi.ohta@es.hokudai.ac.jp

URL https://functfilm.es.hokudai.ac.jp/

北海道大学電子科学研究所 助教 曲 勇作(まがりゆうさく)

TEL 011-706-9432 FAX 011-706-9432 メール magari.yusaku@es.hokudai.ac.jp

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)

TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-press@general.hokudai.ac.jp

 

【参考図】

図1.ITZO薄膜の室温における電子輸送特性。(a) Hall移動度、(b) 熱電能と体積キャリア濃度の関係。体積キャリア濃度の増加に伴いHall移動度が上昇する。熱電能の体積キャリア濃度依存性から、ITZOのキャリア電子有効質量が0.11m0 (m0は電子の静止質量 9.11×10-31kg)であることが分かった。

図2. 作製したITZO薄膜トランジスタの室温におけるトランジスタ特性。(a) 伝達特性、(b) 出力特性。伝達特性から、ITZO薄膜トランジスタの電界効果移動度は約58cm2/Vsであることが分かった。出力特性には明瞭な電流飽和現象が見られることから、典型的な電界効果型トランジスタ動作であると判明。


図3. 作製したITZO薄膜トランジスタのバイアスストレス評価。(a) 正バイアス(+20V)ストレス、(b) 負バイアス(−20V)ストレス。10000秒のストレス印加時においても正バイアスで1.2V、負バイアスで1.5Vのシフトが見られただけであった。短時間の熱電能計測におけるバイアスストレスによるしきい値電圧シフトは無視できるほど小さい。

図4. 熱電能電界変調法によるITZO薄膜トランジスタの解析。(a) 熱電能電界変調法の模式図、(b) ITZO薄膜トランジスタのITZO層の熱電能のシートキャリア濃度依存性。ITZO層が10nm以下の場合、熱電能の絶対値はシートキャリア濃度の増加に伴い単調に減少したが、20nm以上になると熱電能の絶対値が増加する現象が見られた。

 図5.  ITZO薄膜トランジスタの動作機構。(a) 有効チャネル厚さのシートキャリア濃度依存性、(b) Ti層/AlOx層/ITZO層のエネルギーバンドの模式図。ITZO層の厚さが10nmを超えると、シートキャリア濃度の増加に伴い有効チャネル厚さが増加しているように見える。この傾向は一般的な電界効果のみでは説明することができない。(b)のように、A層に加えてB層がドレイン電流に寄与することを意味する結果である。

【用語解説】

*1 移動度 … 物質に電圧を印加したときの、単位電界あたりのキャリア電子の平均速度のこと。薄膜の場合は通常Hall(ホール)効果によって計測され、Hall移動度と呼ばれる。また、薄膜トランジスタの移動度は、電界効果移動度と呼ばれる。移動度μ=e·τ/m*で表される。ここで、eは電荷素量、τはキャリア緩和時間、m*はキャリア有効質量である。キャリア緩和時間が長く、キャリア有効質量が軽いほど移動度が高い。

*2 ITZO … インジウム(In)・スズ(Sn)・亜鉛(Zn)・酸素(O)からなる透明酸化物半導体のこと。

*3 IGZO … インジウム(In)・ガリウム(Ga)・亜鉛(Zn)・酸素(O)からなる透明酸化物半導体のこと。現在の有機ELテレビやタブレット端末、スマートフォンの画面を駆動する薄膜トランジスタ材料として広く応用されている。

*4 熱電能電界変調法 … 半導体に温度差を付与したときに発生する熱起電力の温度係数を熱電能(またはゼーベック係数)と呼ぶ。一般に、熱電能はキャリア濃度の増加に伴ってその絶対値が減少する。薄膜トランジスタにおいて、印加するゲート電圧を変化させることで蓄積するキャリア電子濃度を変化させて、その時の熱電能を計測し、バルクの熱電能と比較することで、薄膜トランジスタの有効チャネル厚さを計測する手法のこと。2009年に太田教授らによって考案された。

*5 キャリア有効質量 … 半導体中のキャリア電子のみかけの質量は、一般に自由電子の静止質量(9.11×10-31kg)よりも軽い。そのため、通常、係数×m0m0は自由電子の静止質量)のように表す。