電子をギュッと閉じ込めて熱電材料の性能を倍増
Double thermoelectric power factor of a 2D electron system [Nature Communications 9, 2224 (2018). (DOI: 10.1038/s41467-018-04660-4)]
北海道大学電子科学研究所の太田裕道教授らの研究グループは,狭い空間に電子を閉じ込めることで,熱を電気に変換する熱電材料の性能が従来比2倍に増強できることを,初めて実証しました。熱電材料*1は,温度差を与えると発電し(ゼーベック効果*2),逆に電気を流すと冷える(ペルチェ効果*3)性質を示すことから,利用されることなく捨てられている廃熱の再資源化で注目されています。廃熱を効率よく電気に変換するためには,電気を通しやすく,温度差を与えた時に発生する電圧が大きく,熱を通しにくい,性能の優れた熱電材料が必要ですが,導電率と電圧(熱電能*4)の間のトレード・オフ関係が障害となり,性能向上が進んでいません。この解決方法として,「狭い空間に電子を閉じ込めると,導電率を変えずに熱電能を高められる」という理論が1993年に提案されました。この理論は,電気を通す極薄層を電気を通さない層で挟み込んだ人工超格子*5を用いて実証され,バルク*6比約5倍の熱電能増強が達成されましたが,人工超格子全体の性能としては,バルクの最大値とほとんど変わらないという問題がありました。この問題を解決するため,本研究グループは,2016年に新たに提案された理論「大きく広がった電子を狭い空間に閉じ込めることで,より大きな熱電能増強が起こる」の実証に取り組みました。具体的には,従来よりも約30%大きく広がった電子を人工超格子に閉じ込めた結果,バルク比約10倍の熱電能増強を達成し,人工超格子全体の性能を従来比2倍に高めることに成功しました。広がった電子を狭い空間に閉じ込めることで,熱電能の増強効果を高め,性能を倍増させるという今回の成果は画期的であり,将来,工場,火力発電所,自動車やコンピュータなどからの廃熱を電気に変えて有効利用する技術に繋がります。本成果は,英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」(電子版)に,英国時間2018年6月20日(水)に公開されました。
論文情報
論文名 Double thermoelectric power factor of a 2D electron system(二次元電子系の二倍の熱電変換出力因子)
著者名 張 雨橋1,馮 斌2,林 博之3,Cheng-Ping Chang4,Yu-Miin Sheu4,田中 功3,幾原雄一2,太田裕道1,5(1北海道大学大学院情報科学研究科,2東京大学大学院工学系研究科総合研究機構,3京都大学工学部,4台湾国立交通大学,5北海道大学電子科学研究所)
雑誌名 Nature Communications
DOI 10.1038/s41467-018-04660-4
公表日 日本時間2018年6月20日(水)午後6時(英国時間2018年6月20日(水)午前10時)(オンライン公開)
背景
日常的に使われるエネルギーの大部分は,活用されないまま廃熱として環境に放出されています。その量は一次供給エネルギーのおよそ3分の2に及ぶと言われ,この排出エネルギーを電気に変えることが,廃エネルギーの再資源化として注目されています。排出される熱を電気に変えることができる熱電材料は,温度差を与えると発電し(ゼーベック効果),逆に電気を流すと冷える(ペルチェ効果)性質を示すことから,発電素子や冷却素子として利用できます。中でも発電素子は,火力発電所,工場,自動車やコンピュータから排出される廃熱を,有用な電気に変換できることから,次世代クリーンエネルギー技術として大きな期待が寄せられています。効率よく熱を電気に変換するために,熱電変換材料には,電気を通しやすいこと(高い導電率),温度差を与えたときに発生する電圧(熱電能)が大きいこと,熱を通しにくいこと(低い熱伝導率),の三つの性質を同時に満たすことが求められます。しかし,導電率と熱電能の大きさの間にはトレード・オフの関係があり,電気を通しやすくすると電圧が低下するため,性能を高めるためには導電率と熱電能の相関関係を改良する必要がありました。ひとつの解決方法として,1993年にマサチューセッツ工科大学のドレッセルハウス教授らによって「狭い空間に電子を閉じ込めると,電気の通しやすさを変えることなく電圧を高められる」という理論が提案されました。この理論は,2007年,「電気を通す極薄層を,電気を通さない層で閉じ込めた人工超格子(図1)」を用いて実証されましたが,バルクの約5倍大きな熱電能増強が起こるものの,電気を通さない層を含む人工超格子全体の変換性能はバルクの最大値とほとんど変わらないという問題がありました。
図1 電気を通す極薄層を,電気を通さない層で閉じ込めた人工超格子。人工超格子の片端を加熱すると,両端にはゼーベック効果により温度差に応じた電圧が発生する。外部負荷を接続することにより,電子は高温側から低温側に流れる,すなわち電流を取り出すことができる。例えば,厚さ約0.4 nmのSrTi1-xNbxO3固溶体(x=0.6)を電気を通す極薄層とし,厚さ約4 nmの電気を通さないSrTiO3層でサンドウィッチのように挟み込んだ構造を作製することで,狭い空間に電子を閉じ込めることができる。
研究手法
この問題を解決するため,北海道大学大学院情報科学研究科博士後期課程学生の張 雨橋氏,同大学電子科学研究所の太田裕道教授,東京大学大学院工学系研究科総合研究機構の幾原雄一教授,京都大学大学院工学研究科の田中 功教授と,台湾・国立交通大学のYu-Miin Sheu助教らの共同研究グループは,2016年に齋藤理一郎教授(東北大学)とドレッセルハウス教授らによって新たに提案された理論「大きく広がった電子を狭い空間に閉じ込めることで,より大きな熱電能増強が起こる(図2)」の実証に取り組みました。
図2 2016年に齋藤理一郎教授(東北大学)とドレッセルハウス教授らによって新たに提案された理論「大きく広がった電子を狭い空間に閉じ込めることで,より大きな熱電能増強が起こる」の模式図。ド・ブロイ波長が異なる電気を通す極薄層を,二枚の電気を通さない層でサンドウィッチのように挟んで,下限の厚さまで狭い空間に閉じ込めた場合,熱電能の増強度合はド・ブロイ波長が長いほど大きくなる。
電子には,粒子としての性質と,波としての性質があることが知られています。ここでは,電子の広がりを,波の波長(ド・ブロイ波長*7)を用いて規格化します。まず,従来よりも大きく広がった電子が溜まった極薄層(厚さ0.4 nm~5 nm)を用意し,この極薄層を電気が流れない絶縁体(厚さ約4 nm)で挟み込んだ,サンドウィッチのような構造(人工超格子)を作製することにより,大きく広がった電子を狭い空間に閉じ込めました。比較として,従来と同じ人工超格子も作製しました。電気を通す極薄層の材料として,2007年の報告と同じチタン酸ストロンチウム*8にニオブを加えた物質を選択しました。チタン酸ストロンチウムとニオブ酸ストロンチウム*9の間には,SrTi1-xNbxO3固溶体(0≦x≦1)を形成できることが知られています。まず,SrTi1-xNbxO3固溶体(0≦x≦1)の薄い膜を作製し,そのド・ブロイ波長を調べたところ,x≦0.3の場合には従来と同じ4.1 nmでしたが,x≧0.4の場合には5.3 nmとなり,約30%大きく広がることがわかりました(図3a)。次に,SrTi1-xNbxO3固溶体(x=0.2,0.3,0.8)を極薄の電気が流れる層として使用し,電気が流れないSrTiO3層で挟み込んで人工超格子を作製し,熱電特性を計測しました。ここでは便宜的に,x≦0.3をA領域,x≧0.4をB領域と定義します。
研究成果
図3bに,x≦0.3(A領域)とx≧0.4(B領域)の電気を通す極薄層(1~12単位格子,1単位格子の厚さは0.4 nm)を,厚さ約4 nmの絶縁体層で挟み込んだ人工超格子の熱電能増強度合を示します。電気を通す層の厚さが減少するにつれて熱電能が増大し,x≦0.3(A領域)の人工超格子では,従来と同じくバルク比4-5倍の熱電能増強が見られますが,本研究のx≧0.4(B領域)の人工超格子の熱電能増強度合は10倍に達することがわかります。
図3 (a) 電気を通す層のド・ブロイ波長と(b) 人工超格子の熱電能の増強度合。(a) SrTi1-xNbxO3固溶体(0.05≦x≦0.9)の薄い膜を作製し,そのド・ブロイ波長を調べたところ,x≦0.3(A領域)の場合には従来と同じ4.1 nmだったが,x≧0.4(B領域)の場合には5.3 nmとなり,約30%大きく広がることが分かった。(b) 電気を通す極薄層としてx=0.2,0.3及び0.8のSrTi1-xNbxO3固溶体を選び,厚さ約4 nmの絶縁体層で挟み込んだ人工超格子の熱電能増強度合を調べたところ,x≦0.3の人工超格子では,従来と同じくバルク比4~5倍の熱電能増強が見られたが,本研究のx≧0.4の人工超格子の熱電能増強度合は10倍に達することがわかった。
次に,電気を通す極薄層の厚さを1単位格子(0.4 nm)に固定して,導電率(図4a)と熱電能(図4b)を計測しました。バルクと同様に,人工超格子の導電率は電子キャリア濃度にほぼ正比例して変化しましたが,人工超格子の熱電能の電子キャリア濃度依存性は,バルク(キャリア濃度が1桁変化すると,熱電能は198 μV K-1変化する)よりも急な傾き(約300 μV K-1)で変化することがわかりました。これらのデータを用いて,熱電出力因子(=熱電能×熱電能×導電率)を算出したところ(図4c),x=0.6の人工超格子が,従来比約2倍に相当する5.5 mW/mK2の熱電変換出力を示すことを発見しました。これらの結果は,2016年に齋藤教授とドレッセルハウス教授らによって提案された理論が正しいことを実験的に証明するものであり,チタン酸ストロンチウム以外の熱電材料に適用することで,その熱電変換出力が大幅に高められることを明確に示すものです。
図4 人工超格子とバルクSrTi1-xNbxO3固溶体の(a) 導電率,(b) 熱電能,(c) 熱電出力因子の電子キャリア濃度依存性。バルクと同様に,人工超格子の導電率は電子キャリア濃度にほぼ正比例して変化した。一方,人工超格子の熱電能の電子キャリア濃度依存性は,バルク(キャリア濃度が1桁変化すると,熱電能は198 μV K-1変化する)よりも急な傾き(約300 μV K-1)で変化した。これらのデータを用いて,熱電能×熱電能×導電率で表される熱電出力因子を算出したところ,x=0.6の人工超格子が,従来比約2倍に相当する5.5 mW/mK2の熱電変換出力を示すことがわかった。
今後への期待
今回の発見は,ド・ブロイ波長が長い材料を低次元化し,電子を無理矢理狭い空間に閉じ込めることで,熱電材料に温度差を与えた際に発生する電圧に相当する熱電能をバルク比1桁増強するという画期的な結果です。現在,世界中で活発に研究されている熱電材料を高性能化するための有力な材料設計指針となると期待されます。将来,工場や火力発電所,自動車やコンピュータなどの廃熱を電気に変えて有効利用する技術に繋がります。
謝辞
本研究は,文部科学省・科学研究費補助金 新学術領域研究「ナノ構造情報のフロンティア開拓」(2013-2017年度,領域代表 田中 功)における,計画研究「ナノ機能元素解析のフロンティア開拓」(研究代表 柴田直哉),計画研究「ナノ構造情報に基づいた機能探索」(研究代表 田中 功),計画研究「原子層制御による新しい材料機能探索」(研究代表 太田裕道)及び文部科学省・科学研究費補助金 基盤研究(A)「熱電材料の高ZT化に向けたナノ周期平行平板構造の熱伝導率解明」(2017-2020年度,研究代表 太田裕道),人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスなどのサポートを受けて実施されました。
お問い合わせ先
北海道大学電子科学研究所 教授 太田裕道(おおたひろみち)
TEL 011-706-9428
FAX 011-706-9428
メール hiromichi.ohta[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://functfilm.es.hokudai.ac.jp/
用語解説
*1熱電材料 … 熱エネルギー(廃熱など)を電気エネルギーに変換する材料。熱電材料の両端に温度差を与えることによって電圧が発生する現象(ゼーベック効果)を利用する。温度差1℃あたりの熱起電力は熱電能(=ゼーベック係数)と呼ばれ,熱電材料の性能を示すパラメータの一つであり,電池における電圧に相当する。大きな熱電変換効率(熱エネルギーから電気エネルギーに変換される効率)を得るためには,大きな熱電能,高い導電率,低い熱伝導率を示す材料が必要である。
*2ゼーベック効果 … 金属や半導体の棒に温度差を与えると,両端の化学ポテンシャル(電位)に差が生じる。この化学ポテンシャルの差が熱起電力(電圧)となりn型材料では電子が,p型材料では正孔が,それぞれ電位差を解消する方向に動く。熱起電力は温度差に比例して変化することが知られている。単位温度差あたりの熱起電力は熱電能と定義され,熱電変換材料の性能を表す重要な因子の一つ。
*3ペルチェ効果 … ゼーベック効果の逆で,金属や半導体の棒に電流を流すことによって,棒の片端が冷える物理現象。電子冷却とも言われ,フロンなどの冷媒を使わず,振動や騒音が出ないという利点がある。携帯型クーラーバックやコンピュータの冷却に応用されている。
*4熱電能 … 半導体や金属の棒に温度差を与えた際に両端に生じる起電力の温度係数のこと。ゼーベック係数とも呼ばれる。熱電変換材料の電圧を決める重要な物性値である。
*5人工超格子 … 超精密な薄膜作製手法によって,異なる原子・分子からなる複数の熱電材料の層を交互に積層することで人工的に作られる結晶格子のこと。人工超格子を薄くすることで電子のエネルギー状態が変化し,大きな熱電能を示すことが知られている。
*6バルク … ある程度の大きさを持つ結晶やセラミックスなどの固体で,特異的な性質を示す部分(表面や界面)以外の部分のこと。
*7ド・ブロイ波長 … 電子の波としての性質を光の波長のように表現した量。フランスの理論物理学者ルイ・ド・ブロイによって1924年に提唱された。一般に,物質をド・ブロイ波長よりも狭い空間に閉じ込めることで,バルクとは異なる性質を引き出すことができる。
*8チタン酸ストロンチウム … 人工宝石としても知られるペロブスカイト型(単位格子0.4nm)の酸化物結晶。元々は電気を通さない絶縁体だが,不純物として少量のニオブを添加したり,酸素を引き抜くことで電子が生成し,電気を通すようになることが知られている。
*9ニオブ酸ストロンチウム … チタン酸ストロンチウムのチタン原子をすべてニオブに置き換えたペロブスカイト型の酸化物結晶。金属のように電気を通すことが知られている。