実用的な熱電材料の単結晶化に成功 ~毒性元素を使わない熱電変換の実現に向けて大きく前進~
Kungwan Kang, Fumiaki Kato, Akitoshi Nakano, Ichiro Terasaki*, Takashi Endo, Yasutaka Matsuo, Hyoungjeen Jeen*, and Hiromichi Ohta*, “Fabrication and Thermoelectric Properties of Freestanding Ba1/3CoO2 Single Crystalline Films”, ACS Appl. Electron. Mater. 5, 5749-5754 (2023). (October 16, 2023) (DOI: 10.1021/acsaelm.3c01129)
ポイント
・高温・空気中で安定な高性能熱電材料Ba1/3CoO2の単結晶化に成功。
・サファイア基板上に作製したBa1/3CoO2単結晶膜を剥離。
・剥離後の自立Ba1/3CoO2単結晶膜は高い熱電特性を維持。
概要
北海道大学電子科学研究所の太田裕道教授、東海国立大学機構名古屋大学大学院理学研究科の寺崎一郎教授、北海道大学大学院情報科学院博士後期課程のカンギョンワン氏らの研究グループは、釜山大学校のジンヒョンジン教授らとの共同研究により、高温・空気中で安定な高性能熱電材料*1Ba1/3CoO2*2の単結晶化に成功しました。熱電変換は、工場や自動車から排出される高温の廃熱を再資源化する技術として注目されています。酸化物熱電材料*3は、PbTeなどの金属カルコゲン化物熱電材料*4と比較して、熱的・化学的に安定で、毒性が低いことから、高温・空気中で使用可能な熱電材料として期待されています。2022年、研究グループは、Ba1/3CoO2薄膜が空気中・600℃においても安定であり、数ある酸化物熱電材料の中で最も高い熱電変換性能指数ZT *5(~0.55、空気中・600℃)を示すことを発見しました。本研究では、Ba1/3CoO2の実用化に向けた課題の一つである単結晶化を実現するため、サファイア基板*6上に作製したBa1/3CoO2単結晶膜を基板から剥離し、その熱電特性を計測しました。その結果、Ba1/3CoO2単結晶膜は剥離後においても剥離前と変わらず高い熱電性能を維持することが明らかになりました。高性能熱電材料Ba1/3CoO2の実用化に向けて大きく前進したと言えます。なお、本研究成果は、日本時間2023年10月17日(火)公開のACS Applied Electronic Materials誌に掲載されました。
参考動画(Na0.75CoO2単結晶薄膜の剥離) 参考論文 Adv. Mater. 18, 1649–1652 (2006).
【背景】
熱電変換は、工場や自動車から排出される高温の廃熱を再資源化する技術として注目されています。酸化物熱電材料は、PbTeなどの金属カルコゲン化物熱電材料と比較して、熱的・化学的に安定で、毒性が低いことから、高温・空気中で使用可能な熱電材料として期待されています。2022年、研究グループは、Ba1/3CoO2薄膜が空気中・600℃においても安定であり、数ある酸化物熱電材料の中で最も高く、実用化されたPbTeに匹敵する熱電変換性能指数ZT(~0.55、空気中・600℃)を示すことを発見しました。Ba1/3CoO2を熱電材料として実用化するためには、単結晶やセラミックスの形態であることが必要不可欠です。基板付きの薄膜を使うと、熱電変換に寄与しない基板(=絶縁体)にも熱が伝わり、全体として性能が低くなるためです。この点に関しては、2014年、2015年に、中国科学院上海珪酸塩研究所の研究グループがBa1/3CoO2セラミックスを作製し、その熱電特性を報告しましたが、単結晶薄膜と比較して桁違いに熱電性能が低いという問題がありました。すなわち、結晶粒界のない単結晶でなければBa1/3CoO2の高い熱電性能を活かすことはできません。
【研究手法】
本研究では、サファイア基板上にBa1/3CoO2単結晶膜を作製する際に、膜/基板界面に自然に生成する水溶性のBa-Al-O層に着目しました(図1)。Ba1/3CoO2膜は単結晶であることから、水溶性Ba-Al-O層を水で溶解するだけで、だるま落としの要領でBa1/3CoO2単結晶膜を簡単に剥離することができると考えました。
図1.Ba1/3CoO2の単結晶化の方法。(左)サファイア基板上にBa1/3CoO2単結晶膜を作製すると、膜/基板界面に水溶性のBa-Al-O層が自然に生成する。(中)水溶性Ba-Al-O層を水で溶解することで、(右)だるま落としの要領でBa1/3CoO2単結晶膜を剥離することができる。
【研究成果】
図2に実際の剥離実験の様子を示します。サファイア基板上に作製したBa1/3CoO2単結晶膜(図2a)を、水温40℃の温水に浸したところ、Ba1/3CoO2単結晶膜がサファイア基板から剥離し、自立膜となって水面に浮かびました(図2b)。
図2.Ba1/3CoO2の単結晶化。(a)サファイア基板上に作製したBa1/3CoO2単結晶膜。(b)水温40℃に保った温水にBa1/3CoO2単結晶膜を浸すことでサファイア基板からBa1/3CoO2単結晶膜を剥離した。剥離後の自立Ba1/3CoO2単結晶膜は、水面に「海苔」のように浮かぶ。(c)自立Ba1/3CoO2単結晶膜をガラス基板上に掬い取ったもの。
海苔のように見えるものが自立Ba1/3CoO2単結晶膜です。この自立Ba1/3CoO2単結晶膜をガラス基板上に掬い取り(図2c)、十分に乾燥させました。自立Ba1/3CoO2単結晶膜を電子顕微鏡で観察したところ(図3a)、厚さが約600 nmで特に目立つ欠陥がないことが分かりました。また、層状構造由来の原子配列を明瞭に観察することができました(図3b)。
図3.自立Ba1/3CoO2単結晶膜の電子顕微鏡像。(a)自立Ba1/3CoO2単結晶膜の厚さは600 nmであり、特に目立つ欠陥がないことが分かる。(b)原子スケールの像。Ba1/3CoO2結晶の層状構造を明瞭に観察することができた。
次に、室温・空気中で熱電特性を計測しました。表1にサファイア基板からの剥離前後のBa1/3CoO2単結晶膜の熱電特性を比較して示します。熱電特性はすべてBa1/3CoO2単結晶膜の面内方向で計測しました。剥離後にはBa1/3CoO2単結晶がわずかに変形するため、剥離前後の特性を比較すると、わずかに剥離後の導電率が減少しました。熱電能及び熱伝導率は誤差範囲内で一致し、Ba1/3CoO2単結晶膜は剥離後においても剥離前と変わらず高い熱電性能を維持することが明らかになりました。
表1. サファイア基板からの剥離前後のBa1/3CoO2単結晶膜の熱電特性比較
【今後への期待】
期待されていたBa1/3CoO2の単結晶が実現したことから、熱電変換材料としての実用化に向けて大きく前進したと考えています。今後は、Ba1/3CoO2単結晶の大型化などの応用を指向した研究を行うと同時に、単結晶を用いた熱電特性の高性能化に資する基礎研究に取り組みたいと考えています。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業・新学術領域研究(研究領域提案型)「機能コアの材料科学」(領域代表:松永克志 名古屋大学・教授)における計画研究「界面制御による高機能薄膜材料創製(課題番号19H05791)」、基盤研究(A)「全固体熱トランジスタの創製(課題番号2H00253)」及び物質・デバイス領域共同研究拠点の助成を受けた成果です。
【関連するプレスリリース】
北海道大学・産業技術総合研究所共同プレスリリース「高温・空気中で安定した性能を示す実用的な熱電変換材料を発見~再現性良く実用レベルの高性能を示す酸化物熱電材料~」
発表日:2022年7月13日
URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2022/07/post-1075.html
※本プレスリリースの図は、すべて原論文の図を引用・改変したものです。
論文情報
論文名 Fabrication and Thermoelectric Properties of Freestanding Ba1/3CoO2 Single Crystalline
Films(自立Ba1/3CoO2単結晶膜の作製と熱電特性)
著者名 姜(かん) 炅(ぎょん)完(わん)1、加藤史章2、中埜彰俊2、寺崎一郎2、遠堂敬史3、松尾保孝3、陳(じん) 亨(ひょん)秦(じん)4、
太田裕道3(1北海道大学大学院情報科学院、2東海国立大学機構名古屋大学大学院理学研究科、3北海道大学電子科学研究所、4釜山大学校自然科学大学)
雑誌名 ACS Applied Electronic Materials(米国・化学協会の材料科学の専門誌、IF = 4.7)
DOI 10.1021/acsaelm.3c01129
公表日 日本時間2023年10月17日(火)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道大学電子科学研究所 教授 太田裕道(おおたひろみち)
TEL 011-706-9428 メール hiromichi.ohta@es.hokudai.ac.jp
URL https://functfilm.es.hokudai.ac.jp/
東海国立大学機構名古屋大学大学院理学研究科 教授 寺崎一郎(てらさきいちろう)
TEL 052-789-5255 メール terra@nagoya-u.jp
URL http://vlab-nu.jp/member/terasaki.html
配信元
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-press@general.hokudai.ac.jp
東海国立大学機構名古屋大学広報課(〒464-8601 名古屋市千種区不老町)
TEL 052-558-9735 FAX 052-788-6272 メール nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
【用語解説】
*1 熱電材料 … 温度差を電気に変換する特性が優れた材料のこと。Bi2Te3、PbTe、SnSeなどの一部の金属カルコゲン化物が熱電材料として良く知られている。
*2 Ba1/3CoO2 … 層状構造を有する酸化物結晶の一つ。サファイア基板上のBa1/3CoO2薄膜は、空気中・600℃においても安定で、優れた熱電特性を示すことから、実用的な熱電材料として期待されている。
*3 酸化物熱電材料 … n型材料として電子ドープSrTiO3や電子ドープZnOなどが知られている。また、p型材料としてNa3/4CoO2、Ca3Co4O9、Ba1/3CoO2などが知られている。
*4 金属カルコゲン化物熱電材料 … 金属元素とカルコゲン元素(S、Se、Te)の化合物の中でも優れた熱電特性を示すもの。Bi2Te3、Sb2Te3、PbTe などが熱電材料として良く知られているが、Pb、SeやTeなどの毒性元素を含むため、大規模な実用化が困難とされている。
*5 熱電変換性能指数ZT … 熱電材料の熱→電気変換効率を示す指標。
性能指数ZT[=(熱電能)2×(導電率)×(絶対温度)÷(熱伝導率)]で表される。
熱電能:熱電材料に温度差を与えたときに発生する熱起電力(電圧)の温度係数のこと。
導電率:電気の流れやすさを示す指標のこと。
熱伝導率:熱の伝わりやすさを示す指標のこと。
*6 サファイア基板 … 酸化アルミニウムの単結晶板のこと。サファイア基板は白色発光ダイオード
用として工業的に多く用いられている。