プレス発表
深紫外線を透過する透明なトランジスタを実現 ~全く新しいバイオセンサー~
北海道大学プレスリリース(2020.6.16)
概要
北海道大学電子科学研究所の太田裕道教授, ジョ・ヘジュン助教らの研究チームは,深紫外線を透過する透明な薄膜トランジスタの作製に成功しました。バイオセンサーとして,現在は半導体シリコンを活性層とするトランジスタが利用されていますが,シリコンのバンドギャップが小さい(1.1 eV)ため,トランジスタ動作中に殺菌灯などの深紫外線を照射すると,動作が不安定になるという問題があります。研究チームは,バンドギャップが4.6 eVと大きい酸化物半導体スズ酸ストロンチウムを活性層とする薄膜トランジスタの開発に取り組みました。材料の組み合わせなどの最適化を経て得られたトランジスタは,明確なトランジスタ特性を示すだけでなく,電極を含まない状態で波長260 nmの深紫外線を50%以上透過します。本研究の深紫外線透明トランジスタは,殺菌灯の深紫外線を照射した状態でも動作する,全く新しいバイオセンサーの原型になると期待されます。なお,本研究成果は,2020年6月15日(月)公開のAdvanced Electronic Materials誌にオンライン掲載されました。
報道
[1] OPTRONICS ONLINE, “北大,DUVを透過する透明トランジスタを実現” (2020.6.16)
[2] fabcross for エンジニア, “深紫外線を透過する透明な薄膜トランジスタを作製――殺菌灯照射下でも動作可能な新バイオセンサーへの応用に期待 北海道大学” (2020.6.17)
[3] e.x.press, “深紫外線線を透過する透明なトランジスタを実現” (2020.6.24)
論文情報
論文名 Fabrication and Operating Mechanism of Deep-UV Transparent Semiconducting SrSnO3-based Thin Film Transistor(深紫外透明半導体SrSnO3薄膜トランジスタの作製とその動作機構)
著者名 魏 冕(博士課程2年)1,龔李治坤(修士課程2年)1,梁 豆豆1,2(特別研究学生, 北京科技大学・博士課程3年), ジョ・ヘジュン3,太田裕道3(1北海道大学大学院情報科学院,2北京科技大学, 3北海道大学電子科学研究所)
雑誌名 Advanced Electronic Materials
公表日 日本時間2020年6月15日(月)(オンライン公開)
背景
ウイルスや細菌などの目に見えない小さな生体分子を高感度で検出するツールの一つとして,バイオセンサーが挙げられます。半導体トランジスタの活性層にウイルスや細菌のDNAが付着すると,トランジスタを流れる電流が変化します。バイオセンサーでは,このときの電流の変化を利用してウイルスや細菌を検出します。現在のバイオセンサーでは,半導体シリコンを活性層とするトランジスタが利用されています。バイオセンサーからウイルスや細菌を除去するためには,殺菌灯などの深紫外線を照射する必要がありますが,シリコンのバンドギャップが小さい(1.1 eV)ため,トランジスタ動作中に殺菌灯を照射すると,シリコンの電子が光励起*1され,動作が不安定になるという問題があります。この問題を解決するためには,活性層の材料を現在のシリコンから深紫外線を透過する半導体に変えれば良いと考えました。深紫外線を透過する半導体候補として酸化ガリウムや電子ドープアルミン酸カルシウムが知られています。しかし,これらの半導体は導電率が低く,薄膜トランジスタの性能も十分ではないという問題がありました。本研究では,3000 S/cmの高い導電率を示し,バンドギャップが4.6 eVと大きなスズ酸ストロンチウム(SrSnO3)を活性層とした薄膜トランジスタを作製し,そのトランジスタ特性と光透過特性を調べました。
研究手法
パルスレーザー堆積法と呼ばれる薄膜作製技術などを用いて図1に模式的に示す薄膜トランジスタを作製しました。半導体デバイスアナライザ*2を用いてトランジスタ特性を計測したほか,紫外・可視分光光度計を用いて光透過・反射スペクトルを計測しました。計測はすべて室温・空気中で行いました。
図1.スズ酸ストロンチウムを活性層とする薄膜トランジスタの模式図。活性層:スズ酸ストロンチウム薄膜,膜厚28 nm,ゲート絶縁体薄膜:膜厚300 nm,比誘電率12。チャネル長/チャネル幅 = 800μm/400μm。
研究成果
図2に作製した薄膜トランジスタのトランジスタ特性をまとめて示します。ゲート電圧の増加に伴ってドレイン電流が増加する,nチャネルのトランジスタ動作を示すことが分かりました(電界効果移動度 ~14 cm2/Vs,オンオフ比 ~102,しきい値電圧 -18 V)。また,ドレイン電圧の増加に伴うドレイン電流*3の増加と電流飽和*4が見られたことから,一般的な電界効果トランジスタが実現できたことがわかりました。
図2.スズ酸ストロンチウムを活性層とする薄膜トランジスタのトランジスタ特性。(左)ドレイン電流のゲート電圧依存性(伝達特性),(右)ドレイン電流のドレイン電圧依存性(出力特性)。
図3に電極を含まない状態の薄膜トランジスタの光透過・反射スペクトルを示します。可視光・近赤外線領域では80%以上の透過率,15%程度の反射率を示すことがわかりました。また,紫外線領域の拡大図(挿入図)から,DNAの光吸収波長である260 nmにおける透過率が50%を超えることがわかりました。
図3.ゲート絶縁体薄膜(膜厚300 nm)/ スズ酸ストロンチウム薄膜(膜厚23 nm)/(001)酸化マグネシウム基板(0.5 mm)の光透過及び反射スペクトル。波長260 nmでの光透過率は50%を超える。
以上のように,深紫外線を透過する透明な薄膜トランジスタの作製に成功しました。
今後への期待
今回の深紫外透明トランジスタは,波長260 nmの深紫外線を50%以上透過するため,殺菌灯照射下においても安定して動作します。バイオセンサーとして応用することで,殺菌灯照射前後におけるDNAのトランジスタに及ぼす影響を調べることが可能です。これは,従来の半導体シリコンを活性層とするトランジスタはこの目的に適用できないことから,本研究の深紫外透明トランジスタの大きな利点です。以上のように,本研究の深紫外線透明トランジスタは,殺菌灯の深紫外線を照射した状態でも動作する,全く新しいバイオセンサーの原型になると期待されます。
謝辞
本研究は,文部科学省・科学研究費補助金 新学術領域研究「機能コアの材料科学」(2019-2023年度,領域代表 松永克志)における,計画研究「界面制御による高機能薄膜材料創製」(研究代表 太田裕道)及び文部科学省・科学研究費補助金 基盤研究(A)「熱電材料の高ZT化に向けたナノ周期平行平板構造の熱伝導率解明」(2017-2020年度,研究代表 太田裕道),人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスなどのサポートを受けて実施されました。
お問い合わせ先
北海道大学電子科学研究所 教授 太田裕道(おおたひろみち)
TEL 011-706-9428
FAX 011-706-9428
メール hiromichi.ohta(at)es.hokudai.ac.jp
URL https://functfilm.es.hokudai.ac.jp/
配信元
北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール kouhou(at)jimu.hokudai.ac.jp
【用語解説】
*1 光励起 … 半導体のようにある波長よりも波長が長い光しか透過しない物質に,波長が短い光を照射すると,その光のエネルギーによって電子のエネルギーが高くなり,電圧を印加することで電流が流れるようになる。太陽電池は光励起の原理を利用している。
*2 半導体デバイスアナライザ … トランジスタやダイオードなどの半導体デバイスの電気特性を精密に計測する装置。複数の直流電源と精密電圧計をコンピュータ制御することにより,様々な電気特性を計測することができる。
*3 ドレイン電流 … トランジスタに流れる電流のこと。ドレイン電極とソース電極の間に流れる電流。ドレイン電流を流すのに印加する電圧はドレイン電圧と呼ばれる。
*4 電流飽和 … トランジスタの性質の一つ。トランジスタにドレイン電圧をかけると,ドレイン電圧の大きさに比例してドレイン電流が増加するが,ドレイン電圧がある値に達すると,それ以上ドレイン電圧を大きくしても電流がある一定値以上に増加しなくなること。